大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成2年(行コ)3号 判決

控訴人

福岡県教育委員会

右代表者教育委員長

佐藤清

右訴訟代理人弁護士

堀家嘉郎

平井二郎

国府敏男

被控訴人

原口政敏

右訴訟代理人弁護士

小野山裕治

林健一郎

岩城邦治

岩城和代

岩本洋一

津田聰夫

池永満

村井正昭

八尋八郎

渡邉富美子

松岡肇

石渡一史

出田清志

小宮和彦

前田憲徳

原田直子

稲村鈴代

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「1原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。2被控訴人の請求を棄却する。3訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張の関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであり、証拠関係は、原審記録中の書証目録、証人等目録、及び当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

(控訴人の主張)

1  本件条例が定める「公文書の開示を求める権利」は、法律的な意味における権利ではなく、本件非開示決定は行訴法三条二項の「行政庁の処分」等に該当しない。

(1) 地方公共団体の定める条例は、上位法である法律の範囲内に限って効力を有するものであり、本件条例も、法律である行訴法の適用のもとに置かれる。

(2) 行訴法三条二項の「行政庁の処分」は、国民の市民法的権利義務の形成、範囲の決定等を内容とするものに限られ、しかも、機関相互間のものではなく、対国民との関係でその権利義務に関するものでなければならないのであって、本件非開示決定はこれに当たらない。

もともと、わが国では、公文書について一般の国民に閲覧を許さない制度がとられてきており、本件条例を含め他の地方公共団体の類似の条例で認めている情報公開制度における公文書の開示請求権も、法律的な意味における権利ではない。

(3) 条例は、県民に公文書の開示請求権を賦与したかの如き表現をとっているが、情報公開制度の趣旨、目的、沿革等から総合的に解釈すれば、その開示請求権の内容は、公文書非公開の原則の例外として、県側の自発的な公開禁止の解除に伴う反射的利益を意味すると解すべきであり、法律によって保護された権利とはいえず、したがって、行訴法三条二項や九条の市民法的な権利、利益とも異質なものである。

(4) 行訴法三条二項の「行政庁の処分」は、行政庁の権力的意思活動をいうものであるが、特定の個人に対する権力的意思活動であっても、その性質によっては右「行政庁の処分」でない場合があり、本件非開示決定もその例である。

2  条例の定める「公文書の開示を求める権利」が法律上の権利であるとしても、本件訴えは、行訴法九条の「取消を求める法律上の利益」の要件を欠き、且つ同法第一〇条の「自己の法律上の利益に関係のない違法」を理由とするものであるから、不適法として却下されるべきものである。

本件条例は、すべての県民に各人の市民法的権利義務と直接関係のない公文書の開示請求権を与えるのであるから、その権利を侵害する処分の取消を求める訴えの性質は、行訴法五条所定の「民衆訴訟」に該当し、同法四二条によって、法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができるところ、本件のような非開示決定の取消を求める訴えは、法律には勿論のこと、本件条例にもそれを認める規定が設けられておらず、本件訴えは、この点からも不適法である。

(被控訴人の主張)

1  本件条例は、県民に公文書の開示を求める個別的、具体的な請求権を賦与したものであり、開示請求に対してなされる非開示の決定は、公権力の行使により右開示請求権を制限するものであるから、これが抗告訴訟の対象としての行政処分性を有することは明らかである。

2  本件条例が県民に与えている公文書の開示請求権は、個別的、具体的な権利であり、開示請求に対してなされた非開示決定の取消を求めるについては、当該請求者の開示請求権そのものが法律上の利益に当たる。

被控訴人は、控訴人の本件非開示決定により、条例で保障された公文書開示請求権を侵害されたものであるから、自己の権利、利益の回復を求めて取消訴訟を提起できるのは当然である。

3  基本的人権と国民主権を基本原理とする日本国憲法は、「国家行政の公開」原則に向かう世界の潮流の中に位置づけることができる。民主政治は、国民の厳粛な信託の下におかれているので、国民が要求すれば、行政情報を公開し、国民に提供するのは、極めて当然のことである。また、行政情報が公開されることによって、憲法が保障する基本的人権のより豊かな確保と実現が保障されるし、国民は、行政情報を知ることによって、基本的人権の保持義務を全うすることができる。このように、「国家行為の公開」原則は、基本的人権と国民主権を原理とする日本国憲法の基本原則そのものであり、「知る権利」は「国家行為の公開」原則から必然的に導かれる国民の基本的権利といえる。条例が定める公文書開示請求権は、このように憲法上根拠づけられた国民の「知る権利」を具体化した権利として位置づけられるのである。

国政と違って、直接民主制的手段を憲法上、法的に保障されている地方自治体の行政、とりわけ教育行政で公文書開示請求権を保障し、本件情報の開示を実現することは、父母や住民から閉ざされた教育行政への住民参加の手掛かりを与えるものであり、住民自治の本旨の実現を果たすうえで重要な意義を持つものである。

理由

当裁判所も、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものと判断するもので、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

1 原判決五一枚目表三、四行目の「甲第一四号証の一ないし一九、第一五号証、」を削除し、同四行目の「第三一号証」を「甲第三一号証」と改め、同五行目「第一七号証の一ないし五、」を削除し、同七行目の「甲第三〇号証、」の次に「弁論の全趣旨により原本の存在及びその原本が真正に成立したものと認められる甲第一七号証の一の一、二、同号証の二ないし五、前記甲第一四号証の一ないし一九、第一五号証、」を、同八三枚目表二行目の「生じるもの」の次に「と」をそれぞれ加え、同六五枚目裏八行目から同六六枚目表七行目までを削除する。

2 控訴人は、本件条例の定める「公文書の開示を求める権利」が法律的な権利ではないから、本件非開示決定が行訴法三条二項の「行政庁の処分」に該当しない旨主張するところ、その理由がないことについて、原判決六〇枚目表五行目冒頭から六二枚目表五行目末尾までの理由説示部分に「前記甲第九ないし一二号証、第一四号証の九、弁論の全趣旨によれば、昭和五九年三月情報公開制度研究会が福岡県に答申した『福岡県における情報公開制度のありかたについて』と題する報告書(甲第一〇号証)では、情報公開制度が国民の『知る権利』を制度的に保障し、民主主義を活性化させるために、国民の請求に応じて、行政機関が保有する情報を原則として公開させる制度であり、わが国でも既にかなりの地方自治体で情報公開条例が制定、施行され、あるいは制定の準備、検討がなされていて、いわば時代の趨勢である等、情報公開制度の理念、沿革、目的、必要性、効果に関する基本的な考え方と、公開の対象となる情報の範囲、公開、非公開の基準、開示、非開示の決定と不服申立の方法等、制度化の諸問題、その他を明らかにしていたこと、昭和六〇年三月福岡県情報公開審議会が福岡県知事の諮問を受けて答申した『福岡県における情報公開制度の在り方について』と題する書面(甲第一一号証)では、情報公開制度の目的は、ア住民の知る権利、利益を最大限に尊重し、行政機関の『知られる責務』を明確にするとともに、この明確化により、イ住民の行政参加を促進すること、ウ行政監視を通じての適正で効率的な行政運営を確保すること、エ住民の生活便益の享受を促進することにあり、そのことが福岡県の情報公開制度の確立についても基本的に妥当する旨の基本的な考え方や、制度の必要性、有用性等と、その制度の具体的内容、細目、その他関連事項等が示されていたこと、右答申の趣旨を踏まえて、昭和六〇年一一月に公表された『福岡県情報公開制度の大綱』(甲第一二号証)には、福岡県がめざす情報公開制度の内容は、県民の公文書の開示を求める権利の制度化と、情報公表制度の拡充を二本の柱として、情報公開を総合的に推進するものであること、県民の『開示請求権』という権利の行使を認めること等が明記されていたこと、これらの趣旨に則って、昭和六〇年一二月福岡県議会に本件条例案が提案され、昭和六一年三月本件条例として可決された後、直ちに公布され、同年九月一日施行されたものであり、福岡県の作成した本件条例の趣旨、解釈及び運用に関する『解釈運用基準』でも、本件条例一条が県民の公文書の開示を求める権利を明らかにした規定である旨解説されていること、及び昭和六二年一一月福岡県が控訴人に提出した『福岡県の情報公開制度の概要』にも、本件条例の定める情報公開制度が県民の公文書公開請求権を制度化したものであり、不服申立の決定に対しては取消訴訟の提起が可能である、とされていること、以上の事実が認められ、原判決六〇枚目表末行冒頭から六一枚目表八行目末尾までに説示する本件条例の規定内容に、右本件条例制定の経過等を総合すると、本件条例が定める『公文書の開示を求める権利』は、本件条例によって創設された法的な権利であることが明かといわなければならず、これが単なる反射的利益であって、法的利益といえない旨の控訴人の主張は採用することができない」を加える。

3 控訴人は、本件条例の定める「公文書の開示を求める権利」が法的権利であるとしても、本件訴えが行訴法九条の「法律上の利益」を欠き、且つ同法一〇条の「自己の利益に関係のない違法」を理由とするものであり、また、本件非開示決定の取消を求める訴えが行訴法五条所定の「民衆訴訟」であり、法律の規定がない以上提起できない旨主張するところ、その理由がないことについて、原判決六二枚目表七行目冒頭から六四枚目裏五行目末尾までの理由説示部分に、「前記認定のとおり、本件条例は、県内に居住する者等第五条に列挙する者が、情報公開制度上当然に県の行政に利害関係を有するものと認め、対象の公文書に対する特定の利害関係の有無を問わず、それらの者に開示請求権を与えているものと解され、本件条例の規定する公文書開示請求権は個別的、具体的に付与されているものと解することができるから、本件条例による公文書開示請求を拒否された者がその非開示決定の取消を求める場合、当該公文書との関係の個人的な利害の如何に拘らず、右条例で認められている個別的、具体的な開示請求権自体の侵害に対する救済を求めることが行訴法九条の『法律上の利益(条例による権利、利益の侵害に対する救済)』に当たり、且つ同法一〇条の『自己の法律上の利益』であるというべきであり、また、このような情報公開制度において、住民にどのような開示請求権を付与するか、即ち本件条例のように個別的、具体的な請求権とするか、一般的、抽象的な請求権の付与にとどめ、不服申立方法としても行訴法五条の『民衆訴訟』その他とするかどうかは、結局条例の内容如何によるといわなければならず、本件条例が右開示請求権それ自体を個別的、具体的な権利とし、不服、紛争の関係でも個々に行政不服審査法所定の不服申立の途を開いていると認められること、前記のとおりであるから、本件非開示決定の取消を求める訴えが『民衆訴訟』である、という控訴人の主張も採用することができない。」を加える。

二よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官緒賀恒雄 裁判官田中貞和 裁判官木下順太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例